桂三枝の年収は1億円以上!?不倫の代償は年収3年分の慰謝料か

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桂三枝の年収は1億円以上!?不倫の代償は年収3年分の慰謝料か

「いらっしゃーい」のギャグで広く親しまれる桂三枝(現・6代目桂文枝)さんの仕事、収入、家族、略歴や性格について紹介します。

生い立ちの逆境にも関わらず天性の才能で大成し、順風満帆に見えた人生も、齢70を越え転機を迎えてしまいました。

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1.生後間もなく父と死別し母子家庭で育った苦労人

桂三枝師匠(本名 河村静也)は、第2次世界対戦中の1943年7月に大阪府堺市で生まれました。

しかし、桂師匠が生まれて間もなく、銀行マンだった父・河村清三さんは肺結核で亡くなってしまいます。

その後、河村家が岐阜県本巣市にルーツを持つ由緒ある武家の家系だったこと、そして、時代柄も関係してか、桂師匠のお母様は息子を手放し河村家から離縁するよう求められました。

しかし、お母様はそんな河村家の要求をはねのけ、大阪府内に出奔、しばらくは親族を頼っていましたが、じきに母子2人暮らしを始めます。

終戦前後の混乱期に女手一つで子を育てる苦労は計り知れません。

もっとも、そうした逆境を知ってか知らずか、三枝さんは好奇心旺盛かつやんちゃな子供だったようです。

住み込んでいた家の2階から落ちたり、台風で切れた電線に触れて吹き飛ばされたり、と数々の武勇伝を残しています。

2.大学生の頃からアマチュア落語家として活躍

幼い頃からやんちゃで好奇心にあふれた子供だった三枝さんは、高校生の頃、ラジオ番組「漫才教室」に出演し賞金を手にするなど、元来、笑いの才能も持っていたようです。

高校卒業後には地元の企業に就職しようかと考えていたそうですが、企業説明会で私語もせず黙々と働く工場従業員を見て、「自分にはとてもあれほど真面目に働くことは出来ない」と感じ、大学進学を決意しました。

その後、一浪して関西大学商学部(夜間学部)に進学します。

三枝さんの落語家としてのキャリアは同大学在学中に始まります。

きっかけは、大学のイベントで観た桂米朝師匠の落語会でした。

落語会で出会った米朝師匠の落語に感銘を受けた三枝さんは、その後友人と落語サークル「関西大学落語会」を創設し、アマチュア落語家として活動を始めます。

しかし、「浪漫亭ちっく」の名で熱心に活動するうちに勉学が疎かになり、大学4年生になっても卒業が危ぶまれる事態に陥りました。

落語をやめて真面目に大学を卒業し働くか、落語を続けるか…三枝さんは、悩んだ末、人生で悔いを残さないよう、自分の好きなことをしようと決心し、桂小文枝師匠に弟子入りを試みます。

小文枝師匠には当初「大学出は嫌や」と断られたり、入門に必要な母の同意も得難かったりとトントン拍子には進みませんでしたが、何とか弟子入りし、落語家としてのキャリアを本格的にスタートさせました。

3.「売り出し作戦」を経て人気タレント・落語家として大成

桂小文枝師匠のもとに住み込み弟子として入門することで落語家として本格的なキャリアを開始した桂三枝さんは、持ち前の発想力・行動力を活かし、落語家、そしてタレントとしても大成していきます。

住み込み弟子としての生活を始めてしばらく経った頃、「何か目立つことしたい」と思った三枝さんは「東の旅」という落語にヒントを得て自らの売り出し作戦を思いつきました。

それは、当時住んでいた大阪から三重県の伊勢神宮に歩いて参る旅をする、というもの。

この売り出し作戦は新聞にもとりあげられ、それなりの成功を収めました。

その後も、三枝さんは自らの創作による新作落語でのアピールでラジオ番組出演の機会を手に入れなど持ち前の発想力で仕事と人気を獲得していきます。

最初に出演したラジオ番組では「いらっしゃーい」「オヨヨ」などのギャグで一躍人気となり、やがて全国区のテレビ番組司会にも抜擢されるなど、当初は主にタレントとして活躍しました。

小文枝一門の中ではテレビでの露出が最も多い弟子となった三枝さんでしたが、当初は本業の落語ではあまり良い評価を得られませんでした。

そのため、一時は落語家をやめてタレントとして食っていくことも考えたといわれます。

しかし、あるとき三遊亭圓丈の新作落語にヒントを得て新作落語に重点を置くようになり、その後、主に新作落語で落語家としての頭角を現しはじめます。

その後は次第にテレビ出演を抑え、寄席、独演会や上方落語協会での活動に力を入れ、2006年には紫綬褒章(文化貢献に対する褒賞)を受賞。

2011年には師匠の名を継ぎ6代目桂文枝を襲名するに至るまでの実力を発揮します。

なお、2015年には長年の文化貢献に対し旭日小綬章受賞を受賞されています。

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4.関西の長者番付上位を誇る財産

母子家庭で育ち大学も夜間学部、と、生い立ち・青春時代には苦労をしたことがうかがえる三枝さんですが、タレント・落語家としての活躍を経てからは、経済的には豊かな暮らしを謳歌しています。

落語家にとっての主な収入は、「ワリ」と呼ばれる寄席の収入ですが、実際のところ、「ワリ」による収入は人気落語家であっても雀の涙程度だと言います。

落語でまとまった収入を得るためには、個人の落語会・独演会や、パトロン的なファンからの「ご祝儀」が重要といわれます。

しかし、そうした人気を得るためには、まず自らの顔を売り出さなければなりません。

タレントとして人気のある落語家は、落語家としての実力如何に関わらず落語会・独演会のギャラ水準も上がると言われます。

桂三枝さんは、落語家としてキャリアをスタートさせた当初から一時は週に7本以上のレギュラー番組を抱える程のタレントとしての人気を得ました。

落語家としては当初は振るわなかった三枝さんですが、そうした人気を考え合わせると、落語家業でも同期水準と比べればかなり良い収入を得てきたと考えられます。

また少なくとも、タレント業では1990年代前半まで長者番付関西芸能人ランキングで首位をキープするなど、落語家業を抜きにしても相当な財産を築き上げたことは間違いません。

5.齢70を過ぎて長年の不貞が発覚!慰謝料は年収3年分!?

そんな桂文枝さんは、長く”愛妻家”としても知られていました。

三枝さんは、29歳のとき、当時19歳だった社長令嬢・元タレントであった高橋真由美さんと結婚しています。

その後、真由美さんとの間に2人の子供をもうけ、タレント業・落語家業でも大成し、順風満帆な人生を送ってきたかのように思えました。

しかし、2016年、なんと若手演歌歌手”紫艶”との34歳差不倫疑惑が報じられます。

しかも、2人の関係は20年以上続いていたというのだから驚きです。

一時は高橋真由美さんとの離婚も憶測されましたが、どうやら離婚は免れたようです。年収3年分の慰謝料を支払ったようですが、ね。

これで一安心、と思いきや、なんと2017年には再び年下女性との不倫疑惑が報じられてしまいます。

しかも、そのお相手とも8年間の関係があったといわれ、疑惑が真実であれば、”二股不倫”をしていたことになります。

長者番付・関西芸能人ランキングでは首位をキープしていた桂三枝

早くに父を亡くした後、母子家庭で育ちつつも好奇心旺盛で活発な子供だった桂三枝さんは、持ち前の発想力や機転を活かし、タレントとしても落語家としても大成し、名誉をも得ます。

プライベートでも早くに結婚し、子供ももうけ順風満帆に見えた人生でしたが、実は大きな影を伴った道のりだったのかもしれません。

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