加藤登紀子の収入・総資産は数十億円!満州育ちの東大卒で学生運動指導者と獄中結婚

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加藤登紀子の収入・総資産は数十億円!満州育ちの東大卒で学生運動指導者と獄中結婚

シンガーソングライターとして「おときさん」の愛称でも知られる加藤登紀子さん。

個性的な生い立ち・略歴、歌手だけにとどまらない多方面での仕事と収入、そして性格について紹介します。

満州で生まれ、京都・東京で育ち、センセーショナルな結婚歴と歌手にとどまらない多様な活動を経て、数十億の財産を得たと考えられる彼女。

その人生は、まさに波乱万丈といえます。

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1.満州生まれの東大卒

加藤登紀子さんは、1943年12月27日に旧満州のハルビンで生まれました。

幼少時は京都で育ちましたが、青春時代は東京で過ごしています。

こうした多様な環境での生まれ育ちと、人とは違う個性的なバックグラウンドを持って得た葛藤は、後年、歌手としての表現活動やこれにとどまらない多様な活動の原動力となったようです。

また、後に紹介するような、音楽の垣根にとらわれない多方面での活動を厭わない柔軟かつ芯の強い性格を築き上げたのでしょう。

高校卒業後には東京大学(文学部西洋史学科)に進学しました。

在学中の22歳(1965年)の時に出場した第2回日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝をかざったことが、シャンソン歌手としてデビューするきっかけとなります。

2.大学卒業後にデビューしシャンソン歌手として活躍

東大卒業後の1966年には「誰も知らない」で歌手デビューし、同年の「赤い風船」では第8回日本レコード大賞新人賞を受賞しました。

その後も、シンガーソングライターとして数々のヒットシングルを打ち出し、日本を代表するシンガーソングライター・シャンソン歌手としての地位を築き上げます。

30年近くに渡り、歌手としてシャンソンの普及という文化的貢献を果たしたことに対しては、1992年にフランス政府からシュヴァリエ(騎士)芸術文化勲章を授与されています。

加藤登紀子さんの活躍は歌手としてのそれだけにとどまりませんでした。

40代手前・1980年代前半には映画・ドラマへの出演も果たしています。

また、1981年には夫と共に千葉県で「鴨川自然王国」を設立したり、WWFジャパン(自然保護団体)の評議員に就任したり、9条会議にも関わったりと、主に自然保護・平和運動を中心とした多分野で多様な活躍をしています。

さらに近年では城西国際大学などでの客員教授も務めています。

3.総資産は数十億円以上?

こうして様々な活動を経てきた加藤登紀子さんですが、その年収や財産はどれほどのものなのでしょうか。

加藤登紀子さんの収入や年収・財産はもちろん非公開なので推計することしか出来ません。

そこでまず、シンガーソングライターとしての活動でどの程度の収入を得てきたか考えてみます。

歌手の収入といえばCDやレコードが1枚売れる毎に得る印税がその大部分を占めます。

一般に、1枚のCDが売れると、シンガーソングライターにはCD価格の4%程度が印税として支払われると言います。

例えば、1000円のCDが一枚売れればアーティストには40円が支払われる計算です。

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加藤登紀子さんの場合、1965年のデビュー以来売上げチャート100位以内にランクインしたヒットタイトル計16タイトル(ひとり寝の子守唄、知床旅情、愛のくらし、この空を飛べたら、灰色の季節、百万本のバラ、さくらんぼの実る頃/時には昔の話を等)の合計売上数は約238.7万枚です。

仮に1枚1000円としても、ヒットタイトルの印税収入だけでこれまで少なくとも11億円程度は得ていると考えられます。

ちなみに、加藤登紀子と同じ人気シンガーソングライターの宇多田ヒカルさんの年収は、高額納税者公示制度(2005年に廃止)を基に2004年時点で50億5953万円と推計されています。

この例を参考にしても、加藤登紀子さんは、数十年に渡る歌手にとどまらない多方面での活躍を通じ、数十億円の資産を築き上げていることは間違いないように思われます。

4.仕事と同様に波乱万丈なプライベート

歌手だけでなく多方面で様々な活躍を経てきた加藤登紀子さんですが、プライベートではどのような人生を送ってきたのでしょうか。

生い立ち同様、加藤登紀子さんは恋愛・家族関係でも、周囲に流されず、情熱的で波乱万丈な人生を歩んできました。

加藤登紀子さんは、歌手としてのデビューから数年後の1972年に結婚し、その後3人の子供に恵まれています。

なお、3人の子供のうち、次女のYaeさんは音楽家として活動しています。

加藤登紀子さんの結婚は、当時、非常に話題となりました。

人気歌手の結婚だから、というだけではなく、この結婚が、お相手が拘留中にされたいわゆる獄中結婚だったことからも、大きな話題性を備えた結婚でした。

その結婚のお相手は元学生運動家の藤本敏夫さんでした。

お二人は加藤登紀子さんがまだ東大在学中に、藤本さんの学生運動を通じて出会ったと言われています。

獄中結婚自体も衝撃的ですが、さらに、結婚当時、加藤登紀子さんは既に第一子を身ごもっていました。

今でこそ授かり婚もそれほど珍しくはありませんが、こうした獄中結婚の経緯は当時では今以上に大きな話題となりました。

波乱万丈な人生を送る加藤登紀子さん

旧満州で生まれた加藤登紀子さんは、京都・東京で育ち、東京大学を卒業しました。

大学卒業後はシャンソン歌手として、フランス政府から文化勲章を授与される程の活躍を果たすだけでなく、自然保護・平和活動にも携わるなど幅広く文化・環境に貢献してきました。

また、周囲の反対を押し切り学生運動家と獄中結婚を果たすなど、多様なバックグラウンドを持ちつつ波乱万丈な人生を送ってきた人物といえます。

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