小泉純一郎の収入は5000万円、総資産は10億円。小泉進次郎や小泉孝太郎の母とは離婚

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小泉純一郎の収入は5000万円、総資産は10億円。小泉進次郎や小泉孝太郎の母とは離婚

元内閣総理大臣であり国会での活動を退いた後も政治家として活動する小泉純一郎氏の略歴・現在の仕事と収入そして家族生活を通してその人柄にも迫ります。

1.政治家の家系に生まれたサラブレッド

小泉純一郎氏は、1942年1月8日、神奈川県横須賀市で、父・小泉純也と母・芳江との間の子として生まれました。

父の小泉純也さんは衆議院議員・防衛庁長官を務めた政治家で、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業を主導したことでも知られています。

母の小泉芳江さんも戦前・戦後を通じて衆議院議員・貴族院議員そして逓信大臣を歴任した政治家・小泉又次郎の娘であり、純一郎氏は父母共に政治家の家系に生まれたサラブレッドともいえます。

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1960年に神奈川県立横須賀高等学校を卒業後には浪人期間を経て慶應義塾大学経済学部に進学し1967年に同大学を卒業します。

さらに、同大学卒業後はイギリス・ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ(U.C.L)に留学、とエリート街道を歩みました。

しかし、留学中の1969年に突然の父の訃報を受け帰国、同年12月には父の跡を継ぎ第32回衆議院議員総選挙に自由民主党公認候補として出馬しました。

初出馬では10万3000票余を獲得し大健闘したものの、4000票差で惜敗を喫してしまいましたが、ここに小泉純一郎さんの政治家としてのキャリアが始まりました。

2.福田赳夫の秘書としてスタートし内閣総理大臣に

初出馬で惜敗を決したものの、1970年には元内閣総理大臣・衆議院議員福田赳夫氏の秘書に就任し、同氏から政治家としての薫陶を受けます。

当時を共に過ごした塩川正十郎氏は、後に、当時の小泉純一郎を回想し「大変な苦労をしていた」と述べています。

というのも、この時期、純一郎氏は毎朝4時に起床し、午前中に秘書業務を終えると午後からは地元横須賀で自身の政治家活動を行う多忙を貫き通したと言われています。

こうしたエピソードからも純一郎氏の意思の強さがうかがえます。

初出馬から2年後の1972年には第33回衆議院議員総選挙で自民党公認候補として出馬・初当選を飾り捲土重来を果たしました。

その後、国会議員として大蔵政務次官、厚生大臣そして郵政大臣といったポストを経た後、2001年にはついに首相に初指名され、第87代内閣総理大臣に就任します。

いわゆる”小泉旋風”に表されるような一般国民の圧倒的支持を背景として、その後第3次小泉内閣に至るまで、3期に渡り首相を務めました。

小泉旋風のみならず政治家として大成したことから、多くの人に好かれる人柄を持っていたことは明白です。

さらに国会議員となってからも徒党を組むようなことは少なく、自身の理念に従いときには孤高を貫いたとも評されています。

こうしたエピソードも、小泉純一郎氏の頑固さ・冷徹さを示すものといえるでしょう。

2006年9月に内閣総理大臣を退任後は、一時再登板の期待も持たれたものの、自身の信念に従い、国会議員としての政治活動からは退きました。

しかし、国会外での政治活動は継続し、東日本大震災を経た2011年以後は特に脱原発運動を地道に推進しています。

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3.数十年の議員活動で得た財産だけで10億近く

国会議員の給料は法律で定められています。

それによれば、2010年代において、国会議員の年収は約2200万円程の水準にあります。

これに加え、政党交付金や、文書通信・立法事務費等の諸経費を加えれば、国会議員として最大で約4400万円程の年収を得ている場合もあります。

これにさらに各議員の個人資産からの収入も加われば、国会議員の年収は相当な額に登るでしょう。

さらに、内閣総理大臣の給料も法律で定められており、2014年の時点で年収換算にして約4065万円・小泉純一郎氏が内閣総理大臣を務めていた2004年頃でも約3600万円ほどだったと言います。

小泉純一郎氏の場合、初当選が1972年・その後2006年に内閣総理大臣を辞するまで約34年間国会議員としての活動を経ています。

さらに、内閣総理大臣として戦後4位の長さの長期政権を維持しました。

その間に国会議員・内閣総理大臣の地位に基いて受け取った歳費の額だけでも10億円近くの収入は得ていると考えられます。

また、国会議員は公職から退いた後も、在職中に一定の要件を満たせば年金(退職金)を受給することが出来、小泉純一郎氏は現在でも少なくとも年額511万円程度の受給をしていると言われます。

4.政治家・俳優の息子を持つも家族は断絶

小泉純一郎氏の家族といえば、小泉進次郎(政治家)や小泉孝太郎(俳優)が有名ですが、それ以外にはあまりメディアでも語られることがありません。

小泉純一郎氏は、1978年にエスエス製薬元会長泰道照山氏の孫・宮本佳代子さんと結婚しました。

進次郎、孝太郎の他三男を加えた3人の子供を授かりましたが、1982年には離婚しています。

離婚の原因は主に小泉家と元妻・佳代子さんとの間の軋轢にあったとも言われています。

というのも、代々が政治家家系の小泉家では”妻は選挙活動に関わらない”という家訓がありました。

しかし、元妻・佳代子さんは、結婚当時まだ名が知られていなかった小泉純一郎氏のために積極的に選挙活動に加わり応援をしたそうです。

夫のために奔走したことがかえって離婚の原因となってしまうとは皮肉なことです。

妻と自身の母・姉との間の板挟みとなってしまった小泉純一郎氏本人も、「結婚にはこりたようだ」と関係者に評されるほど憔悴してしまったようです。

また、離婚当時、元妻の佳代子さんは三男を妊娠中だったものの、離婚後の親権争いで三男に対してのみ元妻の監護権が認められました。

それ以後約30年間小泉純一郎氏の長男・次男と三男は事実上の絶縁状態にあったと言います。

政治活動では早くから郵政民営化を唱え、内閣総理大臣に就いた後初志貫徹を果たした意志の強さを持っていました。

家庭生活ではその頑固さがかえってあだとなったのか、純一郎氏は人並み以上に苦労したようです。

家庭では苦労したものの、政治家として成功した小泉純一郎

エリート政治一家に生まれ幼い頃からエリート街道を歩んできた小泉純一郎氏。

人柄の良さ、そして何より意思の強さを発揮し、国民の大きな支持を背景に内閣総理大臣に就き、政治家としては大成したといえます。

しかし、そうした裏を返せば頑固とも言える性格ゆえか、家庭生活では人並み以上の苦労を経てきたのかもしれません。

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